トップページへもどる
   
うたばうたゆん
プロフィール
演奏作品
録音作品
雑記帳
ライヴ情報
掲示板
リンク
mail


>5
1987年よりハンブルクの隣街ブレーメンとスイスのバーゼルを行ったり来たり。この年からバロックオーケストラの指揮も始める。1988年よりバロックオペラ・バレエの復活上演に関わるようになる。最初がブレーメンで行なわれたヘンデルの「ベルシャザール」、カッセルで行なわれたラモーの「ピグマリオン」、翌89年にはテレマンの「ピンピノーネ」を自分の指揮でハンブルクで上演する。
1989年夏、インスブルックでハンガリー人、東ドイツ人の友人と滞在中、「東欧の激動」が始まる。まずはハンガリー、オーストリアの国境から大量の東ドイツ人が「越境」。この時はホントにどうなるか訳が分からず、かなり怖かった。西側にいた友人達はもっと怖かっただろう。
1989年秋、事態はますます拡大。今度はプラハの西ドイツ大使館脇にキャンプを張っていた大量の東ドイツ人の「西ドイツ入国」が「超法規的」に許可される。この時の列車はハンブルクにやってきた。涙、感激、誰とでも抱き合って、キスして、、、、でもまだ怖かった。
1989年11月9日、夜オペラのチケット取りで並んでいた時、突然街中で怒号か悲鳴か何だか分からない声が沸きあがる。「ベルリンの壁崩壊」のニュースが流れた瞬間であった。
(あ、すいません。この辺は全然プロフィールじゃないですね)